40代の乳がん体験談治療の記録と、日々のこと。
2024年の体験記録

子どもと家族に伝える

乳がん疑いの時からそれとなく子どもにははなしていたけれど、 乳がん患者になったことを子どもたちに伝えた。 夫が明るく話してくれた。 普段あまり感情をださない長女も泣き出した。それを見て夫も号泣。優しい長男も、まだまだママに甘えたい次男も、不安で…

このページの目次

このページの記録をお読みいただけます。

子供と家族に伝える

乳がん疑いの時からそれとなく子どもにははなしていたけれど、
乳がん患者になったことを子どもたちに伝えた。
夫が明るく話してくれた。
普段あまり感情をださない長女も泣き出した。それを見て夫も号泣。優しい長男も、まだまだママに甘えたい次男も、不安で号泣。みんなで泣きながらご飯を食べた。
みんな揃ってご飯食べるのも久しぶりや。
「ママは大丈夫やから、治療頑張るから、みんなも手伝ってな」
泣いてる子どもをハグしながら、生きたいと心の底から思った。子どもの成長を見守りたい。
がんに負けたくない!!

親にはこれまで何も伝えていなかった。
夫の母と妹家族はすぐ近くに住んでいる。
乳がん、そしてあまりよくない状況を報告。
義母は、子どもたちのことはまかせて!治療がんばり!なったもんは仕方ない!なんでもするから!と、妹も、協力するから!と、めっちゃ心強いことを言ってくれた。
あんた(夫)はひきとらんで、とオチもあり 笑
義母の友達にも乳がんの人が何人もいてるけど、みんな今は元気にしてる話もきいて、希望がもてた。
次の日から、私が仕事から帰ってくると、義母が毎日晩ご飯を用意してくれていた。
ほんとにほんとに、ありがたい。
数日後には石切神社に参ってくれ、御朱印お守り、なでるとよくなるお守りをいただいた。
ほんとにほんとにほんとに、ありがたい。

実父に報告するのがさすがに辛かった。
実母は私が26歳の頃に54歳で逝ってしまった。
ずっとどっかで私も長生きできない気がしてた。
しかも人生2回目のがん、
電話で伝えた。
いつも冷静な父もさすがにびっくりしていた。
状況を説明して、がん=死くらい考えていたかもしれない。
顔見て話しに行くと言ってくれたが、母のお墓参りをしたいから近々帰ると言って電話を切った。
我が子ががんって、どんな気持ちやろ、
心配かけすぎ、
親より早く死ぬのが一番親不孝や。なんとしても生きなあかん!!


参考にした公的情報

一般情報の確認:2026-11-01。

あわせて読みたい

すべて見る

治療も、暮らしのことも。相談できる場所があります。がん相談支援センターでは、患者さんとご家族の不安や困りごとを相談できます。

相談先・公的情報を探す
↑